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南十字星に口紅を
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ライジングサン
おぼんどす。
不思議な言葉がありますなぁ。 間がわるいとかその場の雰囲気が読めないとか そこでどうすべきなのかが分からない。 そういう雑居的複雑人間関係と言っていいのでしょうか、 まあ、言っていいのでしょう。 それはそれでよい。 それは世の常であるからなぁ。 場合によっては自分もその部類に入っているかもしれませんからなぁ。 絶対に入っておます。 軟と硬の分岐点に入って行くわけどす。 まぁまぁ、というところどすが。 場違いという単語どす。 場違いという単語をみて何を思うのか。 場違いという単語をみて何を考えるのか。 宇宙へと思考は広がるのか。 はたまた、ちまく針の穴へとなって行くのか。 理は論へ 現は実へ 空は想へ 劇は場へ EUROPA - Santana 理は論へ 現は実へ 空は想へ 劇は場へ 場違いというはどこにでも存在してくるわけどす。 調和という基本的な概念の中で存在してくるわけどす。 絶対善ということではなく成り行き善ということどす。 必要十分条件をすべて満たしていながら、 なぜか、違和感がある。 場違いな感じがする。 よくあることどすなぁ。 そこに登場するのが、 理は論へ 現は実へ 空は想へ 劇は場へ ほうれん草の論法どす。 ブラックホールへの旅行どす。 宇宙はでかい。 私は小さい。 あんたも・・・・ 人は多くを語らず。 語るべきものを語る。 理は論へ 現は実へ 空は想へ 劇は場へ ほな さいなら PR
らぶいずほーえばー
おばんどす。
ある話をしよう。 印象世界であるが 深層世界でもあった。 随分と前であったというより 遠い過去の思い出。 幼少期のことであった。 こういうことである。 そこに何か特別な事があったということでもなく。 さりとてそこに何か有るということでもなかったのだ。 移動している空間の中でふっと、はっきりと視界に入ったのだ。 ブールのチェックのシャツを着て赤いズボンをはいた同年代の少女の 姿がはっきりと視界に入った。 一面の米畑に一人たたずむ同年代の少女の姿がはっきりと視界に入った。 まるで天女がそこにいるようでもあったのだ。 彼女と遠いながらも目と目があった。 さりげなく手を上げたら彼女も手を上げたのだった。 最初で最後の出会いであったのだ。 Matt Monro - Love is a many splendored thing そこはどこであったのか、 遠足で権現様の日光に向かう途中であったのまでは覚えている。 高崎線であるのか日光伊勢崎線の車中であるのかまでは覚えていない。 遠い過去の思い出。 だが、鮮明にあの時のあの情景とあの景色とあの彼女を覚えている。 ブールのチェックのシャツを着て赤いズボンをはいた同年代の少女の 顔と姿を鮮明に覚えている。 これが初恋だったのか、 シークレットラブだったのか、 多分そうなのだろう。 遠い過去の思い出~~ どうしているのだろうと思うのだが 知る由もない。 愛はなんて素敵なもんだ 恋はなんて素敵なもんだ テレに照れていうのも必要さ。 Love is a many splendored thing~~♪ 素敵な少女が素敵な女性になっているのだろう。 Love is a many splendored thing~~♪ Love is a many splendored thing~~♪ ほな さいなら
アモール
そこいらじゅうにあるようでここの所あまり
見聞きしなくなった活字を本当に久しぶりに見たわけどす。 こんなのあったんだな。 というほど忘れかけていた活字どした。 考え方によっては、その実意を読み取るには非常に難しい活字の意味の 活字だと思ったわけどす。 なかなか難しいなぁと思ったわけどす。 狭義の意味するところではこの真ん中あたりにいる。 広義の意味するところではこの真ん中あたりにいる。 広義と狭義とでは意味あいが違うのに同一としてその活字の本当の 意味にあうのであろうか。 その活字が万能として独り歩きできるのであろうか。 そこに基準という活字が霧々としてもや~として現れて そのものの活字がが怪しくなってくるわけどす。 そこにもう一つ妖怪のような活字がでてくるんどすなぁ。 水準というどうにでも化けられる活字が現れてくるわけどす。 さて、ここに三位一体のもう一つの本体の意味深い活字が現れる。 仮想社会の矛盾をこの活字に見ることとなるのである。 Elina Garanca - Habanera/ Carmen 平均という活字どす。 何をもって平均というのか。 広義、狭義を無視して平均と言えるのか。 基準、水準なくして平均と言えるのか。 三位一体なくして真実と言えるのか。 とまぁ、大見得をきって歌舞くわけどす。 うまくいきます。 人は自分に辛くあれ。 人は自分に優しくあれ。 ここから先は未来に向けたおのおの個人の領域どすから。 我に幸あれ。 君に幸あれ。 我に乾杯!! 君に乾杯!! ほな さいなら
サブマリン
アラウンド ザ ワールド 365日。
毎日、毎日、潜水艦の乗組員のような生活をしていると たまには違うことしてみたいと思うのであった。 厨房を担当してつまみ食いしながら作りたいものを作って 自分の食べたいものを乗組員に文句言わせずに食べさせたいと 思うのであった。 人は何をむさぼり食って生きているのか。 智をむさぼり食って生きている。 イエス。 恵ををむさぼり食って生きている。 イエス。 求をむさぼり食って生きている。 イエス。 探をむさぼり食って生きている。 イエス。 孤でもかまわない。 独こそすべてだ。 これこそサブマリンなのだ。 では、 そのエネルギーはどこから来るのであろか。 食から来るのである。 生けるものすべてのエネルギーは食から来る。 食なくしてエネルギーはなし。 エネルギーなくして職務果たせず。 古今東西の万有の法則である。 Abba - Dancing Queen アナザーデイ。 サブマリンは はではないが地味のようにも思えるが だが、 極小値のように見えてくるのであるが、 最大公約数を乗り越え、 最大値をも乗り越え、 極大値に向かっているのである。 解のない方程式なのである。 誰がそれを使いこなせるかなのである。 誰にでもチャンスはあるのだ。 解がないのであるから、 さらにその先はのっぱらなのであるのだ。 ここに、 無限方程式が夢想の中で生まれるのである。 これが、 ヒューマンビーンズの7不思議の一つの大問題である。 人はどこから来たのか。 人はどこへ行くのか。 アナザーデイ。 一日はその日しかないのか。 明日はないのか。 昨日という日はなかったのか。 アナザーデイ。 一年は、 ランダムだ!! アナザーデイ。 我が、サブマリンは急速潜航、 我が、サブマリンは急速浮上!!! アナザーデイ。 ほな さいなら
インザイヤー
すげぇなぁ。
こう思う人がいるわけどす。 分野は違うわけどすがすげぇなぁ。 こういう人がいるわけどす。 何年来の友人どすが、さらに磨きがかかった。 哲人の人どすが何故か、気の合う人どした。 未知の実証論を夢見た人間と未知の心証論を語る人間との偶然とも言える 必然の出会いで大の友となった。 叶わぬとは言え。 お互い何を見ているのか。 虎は死して毛皮を残す。 人は死して名をを残す。 我ら叶わなくとも、 髪の毛と爪を残す。 そんなところでしょうか。 Zager And Evans - In The Year 2525 哲人らしい不可思議な指摘がるわけどす。 貧困の思想、思想の貧困。 卵と鶏のどちらかさきなのか。 同じようであるがそれが浅いようで非常に深い重要問題なのどすが それをどう思うのか。 ここが、文明力の分かれ道。 そこで哲人が切り込んでくるわけどす。 妖刀を持って切り込んでくるわけどす。 切り込んでくるわけどす。 君、仕組みを語ろう。 君の、友の脳みそに語り掛けよう。 貧困の奴隷制民主主義なのか。 貧困の民主奴隷制なのか。 それを友に語ろう。 分かったのか解らなかったのか。 それは秘密どす。 前進の民主主義よ。 後退の民主主義よ。 将来、哲○ノー○○賞確実視された。 人呼んで変人の正常な大物どす。 我、ここに狂う。 正気の狂気。 ここに活路がある。 正気の狂気。 前進の民主主義よ。 後退の民主主義よ。 友よ 夜明け前の 闇の中で~~♪♪ ほな さいなら
パワー
おばんどす。
寒いどすなぁ。 夏の暑い頃が恋しいどすなぁ。 夏になると冬の厳しい寒さも涼しいと思えるとまでは 言えまへんが懐かしく思えますなぁ。 身勝手な生物どすなぁ。 レジ袋を見ているわけどす。 その中に品物が入っているどす。 勿論、買い物してきたんどす。 ここでどすが、ふと思ったわけどす。 まあ、無理に思ったわけどす。 以前からそうではないのかと考えていたわけどす。 大きく言えば正義の味方、貧乏人の味方、普遍的な意味での そのような者があるのか。 スーパーマン、スパイダーマン、ウルトラマン・・・・ 確かに正義の味方どすがアニメの世界どす。 ではあるが、たかがアニメされど漫画。 短絡的に漫画はスーパースターだと言えるんではないどすか。 Gloria Gaynor - Can't take my eyes off you まぁ、いろいろと異論のあるところどすが、 正義とは相対的なことであってあくまでも相対的なことであって。 悪があっての正義との対比でどっちもどっちの相対的どすなぁ。 曖昧すぎるほどに曖昧な仮定の結論どした。 持たざる者のの味方というのは確かにある。 このレジ袋の中身を計算すると普通に買うよりも確かにお安い。 ディスカウントストアで買ったからである。 だが、その仕組みはよく分からないが普通に買うよりも確かにお安い。 持たざる者の味方である。 これは言えるのではないだろうか。 そこには何があるのだろうか。 生き抜いて行こうとする力とそれに答えようとする力が 働いているのではないだろうか。 お互いに必要なパワーとパワーあるのだろう。 マルクス、エンゲルスもそれを見抜けなかったのではないだろうか。 キャピタリズムは無思想な思想の妖怪である。 ゆえに安全である。こういえるのかもしれない。 搾取を超えた庶民パワーも無思想な思想の妖怪になった時点で 完成系に近づくのだろう。 いつになるのだろうか。 天才もいらない。 ヒーローもいらない。 リーダーもいらない。 庶民パワーの無思想な思想の妖怪になれるのだろうか。 いつか到達するのであろう。 簡単にではありましが 分けの解らないことを書きました。 レジ袋もすごいどすなぁ。 ほな さいなら | カレンダー
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